冠微小循環障害について

定義

冠微小循環の重要性

狭心症は心筋の虚血を原因とする胸痛症候群であり、生活の質を低下させるだけではなく、急性冠症候群の発症や致死性不整脈による突然死を含むイベントにつながります。従来、狭心症の原因としては太い冠動脈の動脈硬化性の器質的狭窄が重要視され、ステントやバルーンを用いた経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention:PCI)治療が開発されました。しかし、PCI治療は冠動脈の器質的狭窄が原因の狭心症に対する有効な治療として普及していますが、様々な課題があります。具体的には、狭心症を疑わせる症状のある患者の約半数には、冠動脈造影を行っても有意狭窄病変が認められないこと、また有意狭窄をPCIで治療しても約4割の患者に胸痛が残存することがあげられます。更には最近、ORBITA研究(文献1)や ISCHEMIA研究(文献2)といった大規模臨床試験の結果が発表され、目に見える冠動脈の器質的狭窄をPCIで治療しても、最適な薬物で治療した群に比し、運動耐容能や長期予後が必ずしも改善しないことが示されました。これらを背景として、心筋虚血の原因となる冠動脈機能の重要性が注目されてきています。冠動脈の機能異常としては、器質的動脈硬化、太い冠動脈の冠攣縮に加えて、通常の冠動脈造影では観察できないような小さい血管(冠微小血管)の機能異常による狭心症が挙げられます(図1;文献3)。しかし、冠微小血管は冠循環の約95%を占めているにもかかわらず、その機能に関してはほとんどわかっていませんでした。太い冠動脈の冠攣縮に関しては、女性に多いこと、喫煙やストレスがリスク因子であること、カルシウム拮抗薬などの血管拡張薬が効果的であることは分かっていましたが、冠微小血管機能異常に関しては、その病態や疫学は未解明と言ってよい状況でした。

最近の東北大学を中心とした前向き登録研究(文献4)では、冠微小血管障害の臨床像として、従来の理解と異なって女性だけでなく男性にも多く発生すること(男女比=約1:2)、年間の心血管イベントの発生率が約7.7%と決して低くないこと、器質的狭窄や太い冠動脈の攣縮を有する患者でも冠微小循環障害が重複することが少なくないことが判明し、ますます冠微小循環障害の注目度が高まっています。冠微小循環障害の病態を解明すること、効果的な治療法を開発することは未来の循環器診療の重要な課題といえます。

狭心症における3つの心筋虚血の機序

図1 狭心症における3つの心筋虚血の機序(文献3より): 安定した狭心症の成因には、1. 動脈硬化による器質的狭窄、2. 心表面の太い冠動脈攣縮に伴う機能的な内腔の狭小化、3. 微小冠動脈の機能異常(収縮能亢進、拡張能低下)、が種々の程度で関与している。

参考文献
1)Lancet 2018;391:31-40
2)N Engl J Med 2020;382:1395-407
3)tohokuuniv-press20210527_01web_angina.pdf
4)Eur Heart J 2021;42:4592 -4600

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