第32回日本老年学会総会
会長:井口 昭久
(名古屋大学名誉教授・愛知淑徳大学 教授)
現代に至るまで老人が社会の階層として表面に出ることはなく、彼らの姿は無数のつかみがたい個々の事例の中に溶け込んでしまっていた。 高齢者が年を重ねることについて一般に言われていることが科学的に検証されていることは少なかった。 高齢者に関わる医療はばらつきのある、極めて少ないデータを頼りにするほかなかったのである。老年学の確立が難しかった所以である。
しかし今や階層として出現してきた高齢者の大規模な検証が実施可能な時期が到来した。そして優れた研究が次々に報告されるようになった。老年学の確立と必要性を声高く主張することができる時代が到来したのである。 ジョルジュ ミノワによれば「どの文明も老いについての抽象的なモデルを一つ作り、この理論上のイメージに合せて、老人を、あるいわ好意的に、多くの場合悪意をもって評価した」そうである。 どの時代にもその時代に対応する老人のイメージがあったというのだ。
しかし現在の日本では「これが今の老人だ」という典型的な老人のイメージ像はない。 現代の老人の変化を画一的に論ずることはできないが、確実に変わったことは社会制度の変化である。 老人は柵をまたぐようにして年を重ねることになった。
社会制度の改革によって高齢者の生活が改善されたことは間違いないが、結果的に年齢差別を助長することになった。 各学会を代表する人たちに「現代の老人は幸せになったか」という点について議論を深めていただきたい。